序章 大破壊の跡で


はじめに

「イマジネーションズ・ガイドブック」なんていう一風変わった名前を考え出したのは、かのベニー松山氏であった。ゲームを「遊び場」として捉えた場合に、プレイヤーの想像力を刺激できる材料を提示する――それがその言葉の意味だった。遊び場に対するイメージはプレイヤーの数だけ存在する。だからこそ、逆に言えばひとつのイメージを提示することで、読者のイマジネーションを広げる手助けができるというわけである。

筆者は最初それを読んだときいたく感動したものだったが、本書(書物という設定になっている。あしからず)は、「偽典・女神転生」のストーリーをもとに、それをやろうとしている。もちろん筆者にベニー松山氏ほどの力量があろうはずもないが、他のWebサイトとの差別化を図るコンセプトとして、これ以上のものはないように思われるのである。

というのは、すでにWeb上のあちこちで詳細な攻略情報が公開されているため、単にストーリーを公開するだけではほとんど意味がないからなのである。また、攻略情報だけがほしい人にとっては冗長すぎるだろう。もしあなたがそういう方なら、攻略専門のWebサイトをご覧になることをお薦めする。『参考・関連文献』のセクションにリンクを掲載しておいた。こちらを参照してほしい。

たとえば、有名なところでは「偽典・女神転生の攻略」や「生体エナジー協会」などがある。その内容は、攻略本のレベルをはるかに凌ぐ。セーブデータやフォントの改変、悪魔解説といった情報すら含まれているからだ。

そういうわけで、本書はゲームの攻略よりもむしろ、読者の想像力を刺激することに重点を置いている。その手段として採用したのは、以下の3点である。

1つ目は、ストーリーに独自の解釈を加えることだ。「私はこう思う」という形で、ストーリーに意味づけをする。読者には、「こんな風に考えてるヤツがいるんだ」ぐらいに思ってもらえればいい。イベントの意味をあれこれ考えられるのが、偽典に限らずメガテンシリーズの面白いところなのだから。筆者の解説を読んで、自分なりのイメージを持っていただければ幸いである。

2つ目は、「余計なことをどんどん書く」ということ。むしろ、余談・雑談をメインにする。主客転倒させて、本編のストーリーを前置きにしてしまおうというわけだ。偽典はいろいろつっこむポイントがあるので、このやり方もけっこう使える。

3つ目は、自分が読みたいものを書くことだ。自分で読んでいて面白くないものを人に読んでもらうわけにはいかない。だから、表面的なことをだらだら書くのではなく、できるだけつっこんだ内容のものにしたい。

というわけで、本書は素直にストーリーの流れを追ってはいない。どんどん脇道へそれる。だから長くなる。章形式になっているので、頭から読まず、適当なところから読み進めてもらってもかまわない。飽きたらさっさと閉じてしまいましょう。ただ、全部読むという人は少し覚悟が必要かも。

なぜか。まず、量が多い。ちょっとした小説くらいの分量がある。そして、内容が「濃い」。マニアックなのである。プロデューサーの鈴木一也氏は、『ガイア教大司教』を名乗るほどの神話・伝承フリークである。当然、彼が作った作品も、世界中の神話・伝承関係のネタが豊富で、ディテールまでこだわったものになる。それにさらに注釈をつければ、いやでも内容がマニアックにならざるを得ない。

それにしても、鈴木一也という人は罪作りな人である。一度プレイしたくらいでは気づくはずもないような、マニアックなネタが巧妙に散りばめられている。ふつうはわからんぞこんなの、ってのが少なからずある。まあ、それを見つけるのも楽しみのひとつではあるのだけれど。

そういう形で、これから「『偽典・女神転生』秘密の書」を進めていきたいと思う。ここまで読んできて興味が湧いた方は、次へ進んでください。

バックグラウンド

さて、本編に入る前に、バックグラウンドストーリーに触れておく必要がある。なぜかというと、「偽典・女神転生」は「真・女神転生 I」とつながっていて、偽典のバックグラウンドストーリーこそ、その両者をつなぐものだからである。

「真 I」の大破壊後、「真 I」の主人公らが金剛神界で修行している『空白の30年』こそが偽典の時代である。偽典をプレイしていると、背後にこの「真 I」のストーリーが微妙に見え隠れしている。もう少しつっこんで言うと、「唯一神の意志」ということだ。詳しくは本編をご覧いただきたいが、偽典のストーリーを理解するためには、「真 I」とのつながりをどうしても知っておく必要がある。

さらに、バックグラウンドストーリーには本編のさわりの部分も含まれている。つまり、予告編だ。ここには巧妙に本編のヒントが隠されていたりするからけっこう曲者である。というわけで、予備知識を得て本編をより楽しんでもらうため、バックグラウンドに解説を加えていく。以下、『ストーリー』+『そのコメント』という形式で進める。

時は20世紀末
今まで散発的に現れては、デビルバスターたちによって秘密裏に処理されていた悪魔たちが、突如大挙して東京に現れた。間髪を入れず、悪魔を制圧するという名目を掲げ、五島指令に引き入れられた自衛隊がクーデターを起こす。米海兵隊は、悪魔と自衛隊の両方を敵に廻して戦い、ついには敗退する。

これが、バックグラウンドストーリーの冒頭部分。「真 I」のあらすじでもある。かなり圧縮されているので、この時点でいくつも疑問が湧いてくる。なぜ、悪魔は大挙して現れたのか。なぜ、五島はクーデターを起こしたのか。それらについては語られないままである。千年期の終わりには、何が起こっても不思議はないということだろうか。

ちなみに、米海兵隊が出てくるのは、メガテンシリーズの暗黙の了解として、「米国はロウサイド、特に唯一神の牙城である」からだろう。「地上における、唯一神の力の代行者」(by 鈴木一也)たるフリーメイソンが影で支配している、というわけ。

ここでいきなり話は脇道へそれる。五島指令についてだ。このモデルが、市ヶ谷の自衛隊基地で割腹自殺した三島由紀夫であるというのは有名な話。『帝都物語』にも出てくるようなので、こちらが直接のモチーフか。が、なぜ三島が五島になるのか疑問に思われないだろうか(まあ、ふつうは思わないかもしれないが)。そこには別の要素が絡んでいると考えるのが自然だろう。

で、五島という名の有名人がいないか調べてみると、面白い人物が見つかった。「関東私鉄の雄」と称される東急グループの総帥、五島慶太、昇親子である(ふたりともすでに鬼籍に入っている)。この五島慶太氏は、「強盗慶太」と揶揄されるほどの強引なワンマン経営を行ったらしい。跡を継いだ昇氏も、ワンマンで鳴らしたようだ。両者とも相当個性的な人物だったであろうことは、容易に想像がつく。このふたりのイメージが、三島由紀夫とミックスされて五島指令に反映されているのではないか。あくまで推測だが。

もう一つの可能性は、『ノストラダムスの大予言』で有名な五島勉氏がモデルになっていることだろう。現実には1999年7月になる前に、「人類の努力によって破滅は回避された」と宣った人であるが、ほとんど四半世紀にわたってハルマゲドンの恐怖を日本中にばらまいたことは事実。ひょっとしてこちらの方が可能性は高いか。

さて、いい加減に話を本筋に戻そう。このあと、魔神トールと化した米大使トールマンがいまわの際に原子力潜水艦の核ミサイル発射命令を出し、東京に大破壊がもたらされるくだりが書かれている。トールマンがトルーマンのパロディだとか、そんなくだらないことをいちいち書いていると長くなるので、これ以後は必要な部分だけに絞って追っていく。

この災厄は、創造主による、堕落した人類抹殺計画の一部と言われており、多くの天使たちがこれに加担している。

さあ、唯一神(創造主)のお出ましだ。災厄、とはもちろん大破壊のこと。大破壊は、唯一神が糸を引いていたというのだ。ICBMが爆発した瞬間、すべて計算通りと彼が膝を打って喜んだ――かどうかはわからない。唯一神の計画の仕上げは「真 I」に描かれているとおり。大洪水で東京を水没させて、カテドラルの決戦で悪魔を撃破し、千年王国を実現するというものだ。ところで、大破壊とそれから30年後において唯一神の思惑通りにことが運んでいるとすると、『空白の30年』においても……と考えるのが自然だろう。このあたりが偽典のストーリーの、特に終盤のそれを理解するうえでの鍵となる(第9章〜第11章参照)。

東京は核ミサイルにより大破壊に見舞われた。しかし、地位のある人々は、この大破壊を予見し、あらかじめ地下核シェルターに家族ごと避難していた。彼らは日本を地下からも支配できると考えていたが、地上はたちまち無政府状態となっていった。

ここからが偽典のオリジナルストーリーである。「大破壊を予見し」というところがポイント。大破壊を予見していたのなら、悪魔が大挙して出現することも知っていたはず。悪魔の出現は、偶然ではなく必然だったのだ。だが、「地位のある人々」は国民を守る義務を放り出して自分たちだけ安全なところに逃げ込んでしまった。そんな無責任な連中が「日本を地下からも支配できる」はずもなく、それどころかその自分さえよければという考え方がシェルターをも危機に陥れることになる(第1章参照)。ところで、シェルターに避難したのは、必ずしも「地位のある人々」ばかりではなかったようだ(第1章、第4章参照)。

シェルターから訓練されたデビルバスターたちが撃って出て、悪魔掃討作戦を展開したが、それも次第に増加する悪魔に押され、今ではシェルターの蓋を閉ざして篭もり、彼らの生活を保つので精一杯だった。

かつては秘密の存在だったデビルバスターは、いまや公然と組織化され、シェルターを守る警察兼軍隊のような存在になっている。任務には大変な危険が伴うが、花形の職業だ(第1章参照)。ちなみに、かつてのデビルバスターたちとは違い、隊員たちは必ずしも霊能者というわけではない。『孔雀王』や『サイレントメビウス』の世界とはちょっと違うのだ。ただ、大破壊前に退魔師やサイキック、もしくはエクソシストなどと呼ばれていた人々がデビルバスター部隊の指導的地位に収まった可能性は高い。

残ったシェルターでは「市民レベル」が設定され、厳しい階級制が誕生した。限られた生活物資(特に贅沢品)と安全を享受する優先権と、その優先権の永続性を支配者たちは欲したのである。魔法技術の向上により、結界で守られるようになるとシェルターの安全性は格段に向上した。悪魔との戦闘もなくなり、次第に人々は平和な生活に慣れていった。

現実にこんな状況になったとしたら、やっぱり階級制になるだろう。SFではお約束の、リアリティを増すための小道具ではあるが、活かし切れていないのが残念。ごく序盤でしか話に絡んでこないからだ(第1章参照)。あと、魔法技術が向上してシェルターが結界に守られるようになった、というのは、魔法を一種の特殊技能として扱うメガテン的な発想である。能力に目覚めるきっかけさえあれば、訓練次第で誰でも魔法を操れるようになるのだ。悪魔の出現と前後して、そうした覚醒者が多く出現したと言われている。

シェルター生まれの世代が戦えるぐらいの年齢になる頃には、各シェルターはほとんど孤立し、コンピュータ・ネットワークでの情報交換が行われる程度になっていた。

「シェルター生まれの世代が戦えるぐらいの年齢になる頃」ということは、すでに大破壊から20年くらいが経過していることになる。つまり大洪水まで約10年ほどしかないのだ。エンディングと絡めて考えると面白い(第11章参照)。

そして、シェルター同士が孤立しているという点も重要。結界で守られ、悪魔との戦闘もなく、シェルター間の連携もなく――当然シェルター内は地上とはまるで別世界となり、そのことは人々の意識にも影響してくる。生きることの厳しさや悪魔の本当の恐ろしさを忘れてしまっているのだ。さらに、「コンピュータ・ネットワークでの情報交換」というあたりも意外な盲点となる(第1章、第4章参照)。

ちなみに、孤立したシェルターという設定は、「女神転生 II」(もしくは「旧約・女神転生」)によく似ている。たしかそこで主人公が親友とプレイしていたゲーム(つまりゲーム内ゲーム)が、『デビルバスター』だったはずだ。それに、そもそも「真 I」の大破壊というシチュエーション自体、「女神転生 II」を受け継いでいる。偽典をプレイしながら、「真 I」以外の作品の影響をチェックしてみるのもひとつの楽しみ方だろう。

東京東部では、バール教団とイシュタル教団が現れ、悪魔を崇拝し、悪魔の庇護の元にいた。特に戦闘的なバール教団は、弱小悪魔たちを圧倒し、支配地域を広げていった。そんな中でミュータントたちと日本の土着の悪魔(国津神)たちは、周辺部へ追いやられていった。

バール教団とイシュタル教団。どちらもストーリー中で重要な役割を果たす(第5章ほか参照)。ここに何気なく書かれている「悪魔の庇護の元にいた」というフレーズはことのほか大きな意味を持ってくる(第10章参照)。ミュータントについては、飛ばしたので触れなかったが、放射能の影響で生まれた者たちだ。映画『トータルリコール』をご覧になった方ならイメージが湧くかと思う。彼らが国津神とともに「周辺部へ追いやられ」たということも頭の片隅にとどめておこう(第8章参照)。

一方渋谷ではメシア教徒が集結し、結界を築いて霊的な砦をなし、その中で創造主を崇拝し、天使を味方に引き入れていた。しかし彼らは未だ力を蓄えておらず、天使たちも東京での悪魔たちの互いの潰し合いを、静観しているようであった。

渋谷は、終盤でひとつのヤマ場をなしている(第9章、第10章参照)。ここだけは唯一神の力が及んでいるのだ。「結界を築いて霊的な砦をなし」ているので、地上にありながらシェルターのように孤立している。そのことは、渋谷の中、そして外の人々に少なからず影響を与えているはずだ。「天使たちも東京での悪魔たちの互いの潰し合いを、静観しているようであった」というあたりもおろそかにはできない。まだ、時は満ちていないのだ(第4章、第10章参照)。

また、山梨、横浜と多摩地方より悪魔に対してのレジスタンス、今まさにペンタグランマが決起し、武装集団と化して東京に進撃していた。

これが最後の一文である。ペンタグランマというレジスタンス。これもストーリーに当然関わってくる(第2章参照)。だが、その背景に関しては、最後まで謎が残る(第11章参照)。

以上を前提に、本編を読んでいただきたい。ときどき戻ってきて、もう一度読み返してもらえれば、「ああなるほど」と思うこともあるだろう。それでは、いざ、偽典の奥深き世界へ。


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