音楽する精神

 『犬のための緩いテンポの前奏曲』、『左右にみえるもの−−眼鏡なしで』といった作品で知られるフランスの作曲家エリック・サティは史上もっとも難しいピアノ曲を作曲している。『はた迷惑(Vexations)』というのがそれで、内容は90秒間続く曲の主題を休みなく840回演奏するというものである。1963年にアメリカ人作曲家ジョン・ケージがピアニスト集団を雇ってリレーで演奏したきりこの曲が完全に演奏されたことはない。全曲の独奏に至っては今だ成し遂げられていない。同1963年にアムステルダムでオランダ人ラインベルト・ド・レイヴーによって独奏が試みられたが、主題を117回繰り返した時点で管理人に会場から追い出されてしまった。彼の演奏はレコード化され1983年11月にフィリップスのクラシックレコード部門で1位を獲得している。しかしながら全曲演奏と同じ効果を上げるには35回レコードをかけなければならない。
 一方のジョン・ケージはサティに刺激されたのか史上もっとも簡単な曲を作曲している。『4分33秒』というのがそれで、この曲はたっぷり4分33秒の間まったく音を出さない。もちろん演奏時間は4分33秒である。ケージはさらに『架空の風景第4番』という曲も作曲している。1000人あたりに1台しかラジオのないアフガニスタンではこの曲はサティの『はた迷惑』よりもさらに難しい曲といえるだろう。この曲は周波数をでたらめに合わせた12台のラジオによって演奏される曲だからである。

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