ベルサイユの馬鹿

 1776年7月4日はアメリカ独立宣言の行われた日であるが、この日のジョージ3世の日記には「本日は特筆すべき重大事件は何も無し」と書かれている。当時は大西洋のむこうからニュースが届くまでに相当な時間がかかるものだったからである。
 バスチーユ監獄が襲撃された1789年7月14日のルイ16世の日記にも同じ様に「何も無し」とだけ書かれている。こちらの場合ニュースが届くのにそう時間がかかるはずも無いのだが。もっともこの日は新聞休刊日か何かだったのかも知れないし、賢明にもつまらぬ風説などに耳をかさなかっただけかも知れない。
 次のような事実は国王に賢明な判断させる十分な動機になると言えよう。当時「パンが無ければケーキ(原形ではブリオッシュ)を食べればいい」なる発言を王妃マリー・アントワネットがしたとの風説がまことしやかに囁かれていたが、実際のところこれは完全な濡れ衣だった。この「発言」の出典はルソーの『告白』であるが、この本が書かれた当時マリー・アントワネットは10歳前後でおまけにまだオーストリアに住んでいた。さらによりよく読めばルソーがその発言を聞いたのは1740年頃、マリー・アントワネットの誕生の15年近く前のことであることが理解される。結局この発言はトスカナ大公夫人のものであったらしいことが判明している。

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