神々は渇く

 血で血を洗う革命後の恐怖政治のフランスで、崇高な理想に燃える革命家のロベスピエール氏は悪癖にまみれた教会の神を信仰することを止めさせ、フランスの人民に理性と博愛に基づく新たな神を提供することを思い至り、1794年5月7日(革命暦フロレアル18日)、新宗教採択の投票を行わせた。
 しかしながら絶対的無神論を信奉する急進派の人々、既に首魁のエベールが粛正されていることもあってかの恐るべき企みを叩き潰すべく(そして自分たちの保身の為に)密かに策謀を開始した。
 新たなる神、<最高存在>を祭る華々しい祝祭の一週間後、”ギロチンのアナクレオン”と渾名された革命詩人のバレールが国民公会で爆弾発言を行った。<最高存在>なるしろものをでっちあげたのは自称<神の母>なる神秘家の老女カトリーヌ・テオで、ロベスピエールに怪しげな考えを吹き込んだのもこの婆さんなのだ、と。全ては嘘八百だったがギロチン熱にうかされた革命議会においてはそんなことなどどうでも良く、数日後にはかの剛直居士自身もまたギロチンへと送られることとなった。この騒動は後にテルミドール9日の反動と呼ばれることとなる。ただし残念なことに事件の詳細の方は忘れられてしまった様だが。
 最後に一つのささやかな挿話を付け加えてこの小話の結びとしたい。恐怖政治のあおりによって息子を処刑され、心底ロベスピエールを憎んだとある御婦人、テルミドール10日に行われた彼の処刑に立ち会い、ギロチンの刃が落ちるのを見届けると次の様に叫んだと言う。
 「アンコール!」

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